いまとなっては過去の出来事ですが、
『人間は何のために生きているのか?』
という問いを投げかけられたことがあります。
これは中学校の生物の授業において、教師がクラス全員に質問したのです。
『なんだろう?』『判らない』
教師は『考えなさい』と言い残し、答えは保留でした。
学年の終わりごろになって、生物の授業ももうすぐ終わりごろ、再びその質問が持ち上がりました。
宿題だった訳です。
教師は再び生徒らに問いかけました。
生徒からは幾つかの答えが出ましたが、教師が求める解とは異なるものでした。
教師が解としたのは、
『子孫を残すために生きているのだ』というものでした。
納得できないと思う部分と、生物学としてはそうなのだろうかと思う部分がありました。
今、だにその問いは見出せません。
それは、生物が何のために発生したのかということと同じような答えだと考えられ、それ自体現在もわからないからです。
教師の解答は、生物学というよりもどちらかというと物理学寄りに考えると『子孫を残すため(システム)』だというのは納得しやすいです。
が根本的な答えには達していません。
私は、次の様に考え現時点の答えとしています。
生命体は、その原始の時点から持続を求めていた。
だから持続を求めることにより進化を重ね、多様性に繋がった。
しかし、これも原因が不明で根本的な解決になっていないですね。
ある植物研究科が言った言葉があります。
『この植物は、増殖して、限りなく、地球を征服することを目指している。全ての植物がそうである様に。』
という内容です。
これは正しくはありません。
なぜならば、一つの生物が単体で生存することは不可能であり、生命体はそのことを経験から学習して命に練り混んんでもいます。
このことから地球を征服しようとする生命体は存在しないのではないでしょうか。
この様に、二次的な方向性も取り入れながらそれぞれの生命は進化している訳ですが、根本は持続可能性を求めていると考えられます。
人間の生きる意味は、生命誕生の目的に帰することで、根本的原因の次には持続可能性があるのです。